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プロフィール
チャタケ
北海道出身で、東北の大学を卒業し、東京で働いています。
徐々に南下しています。

2006年05月29日

深夜特急(6)

ようやく最後まで読み終わりました。 [深夜特急(6)]:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101235104/mixi02-22/250-8892764-1817850 長かった旅が終わりました。主人公はまだ旅を続けますが、読者にとっては旅の終わりです。
最終巻では、旅の終わりを実感させる風景を探し続けます。旅という一生の晩年。旅を終わらせようと決意させた風景は、きっとその時だかろこそ感じたものだと思います。多分、別なタイミングでその景色を見ても、そういう思いにはならなかったのではないでしょうか?そして、旅への思いが再生する瞬間。

深夜特急を全編読んで印象に残ったことは、お茶の話と距離感の重要性です。お茶の話は第5巻を読んでいただくとして、距離間について簡単に説明したいと思います。これはこの本から私が受け取った感想であり、本文中に書かれていた内容でないと思います。

交通機関が発達した現在、様々なところにわずかな時間で行くことができます。そのお陰で色々な国に行きやすくなったために、その地が自分にとって異文化の地であるという感じが昔に比べて薄くなり、自分の価値観・風習を基準にその国を判断してしまいがちな気がします。それは近隣の国であるほど顕著であり、韓国・台湾などは外国に行くのではなく、国内旅行に行く感じの人もいるのではないでしょうか?そう感じさせる要因の一つに、自分の距離感があると思います。例えば、車で通学している私は、飛行機で移動した時、その移動距離を普段の移動時間を元に換算してしまう傾向があります。実際にはわずかな時間に何百km移動しているのに、普段の車で同じ時間を移動した距離と錯覚してしまうということです。国内においても、飛行機でわずかな時間で移動できるところも、自分が今すんでいる所とは風習が違います。しかし、今や国内はどこに行っても同じという気になってしまいがちです。
飛行機でのわずかな移動時間でも長い距離を移動したという感覚を持つことは、異文化や風習と向き合う上で大切なことだと、この本を読み私は考えました。

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Posted by チャタケ at 22:43│Comments(2)芸術/本
この記事へのコメント
とうとう読み終わりましたね。
お忙しいのに若さですね(笑)
私はまだ読み返していませんが、何時までも心に残り、彼が私でまだ旅をしているように思う事もあります。
以前テレビでドラマ?として作られたものを録画してありますが、本を通して自分なりの世界を作ってしまったので、見たら全てが砕け散ってしまうような不安で未だに見ていません。
どうするのでしょうね〜(笑)
Posted by クッキーママ at 2006年06月04日 23:17
コメントありがとうございます。6巻に入ってからは吸い込まれるように読み進めて行きました。クッキーママさんのコメントにありますように、著者の沢木耕太郎自身はあの旅を続けているわけではないのですが、深夜特急の中の沢木耕太郎は今でも旅を続けている気がします。
僕にとっては、思い入れのあるマンガや本を映画化した作品は、たいていの場合自分で作り上げた世界と違い、さらにそれを下回ることが多いので見るか見ないか迷った挙句、見てないことが多いです。
コーヒー豆がなくなったので、今度はハワイコナに挑戦してみたいと思います。
Posted by チャタケ at 2006年06月06日 11:12
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